人と人との間に「言葉」があるって話を
前々回くらいに書いたんだけど。
ピアノを弾くことも似てるかもなぁ、と。
みんなの「知っている曲」を弾くことは
言葉のコミュニケーションと似てて、
既にあるものを、出す。
それを聞いた人も、それを知っているし、
間違ったらわかる。
だけど、ただ感じるままに、奏でるままに、気持ちのいいように弾くことって
そのままのこころや感情をそのまま表現することであるのかも。
そして、理解されない気がして怖い。
言葉のようにはっきりとしたもので理解はされないんだけど
でも、感じとることはできる。
それぞれの感じ方で。
それぞれの感じ方で感じ取る…
これって言葉も一緒だよね。